ドローソースは挿しておくから
夜って空が黒いですやん。でもって、それが朝になるにつれ青くなって、最終的に水色になるでしょ? いまはちょうど、黒と青のあいだ。
まず、吐く息が白くないことにおどろいた。ほんの昨日まで、この時間帯に息を吐けば、それは白かったのだ。
四月が始まって7日ほど、寒い日が続いた。それでも桜は咲き、令和は発表され、僕は重い掛け布団を手放さなかった。なにか特別なことがあったとすれば、読んだ漫画の中で人がたくさん死んだことくらいだ。
だから、人の気配はなかった。大通りは沈黙していて、小鳥もまだ鳴きださない。もう少しすれば家の前の運送会社がやけにうるさいシャッターをがらがら開け始めることだろうが、少なくともあと数十分はだいじょうぶ。その、間隙。
ひんやりした空気を縫うように歩道を歩いた。目的はなんのことはない、自販機にジュースを買いに行くためだ。睡眠サイクルが後ろに5時間ほどズレた男の一日の終わりに、ふとリアルゴールドが飲みたくなった、それだけ。
身体が各種のビタミンを欲していたのかもしれない。彼らは、日々の有象無象の気苦労に対して、僕の代わりに戦ってくれることだろう。僕がそこに助力するとすれば、深い眠りを約束することだけ。予定を入れず、寝坊をする。身体は勝手にリペアリングされる。身体、だけは。
健全な肉体には健全な精神が宿るらしいが、個人的には白眼視している。時は相変わらず病気のままで、瘴気を吸い続ける僕たちが健全でいられる謂れもない。
ただ、この朝の、この清涼な空気が病んでいるとは思いたくなかった。
ポケットから百円玉を出して、自販機に入れた。ボタンを押すと小さな缶がごとんと出てきて、謝礼代わりのメロディが流れた。
ティントンタン、トトン。
その音で、魔法は解けてしまったようだった。
近くの交差点の信号が青になり、車が一台、走り去っていった。
どこか遠くで、カラスが鳴き声を上げた。
横目に望んだマンションの向こうに、白い朝が見えた。