無窮の安寧に瑕疵はない
今すぐベッドに入る必要がある。
しかし、デイリーは消化しなければならない。
スタミナだのログボだのデイリーだの、ソシャゲに管理された人間は狂ったように、しかし冷静にルーチンをこなす。
たとえばシャニマスの場合、フェスアイドルを3人誕生させないといけない。
だが何も真剣に取り組む必要はないのだ。
プロデュースを選択し、レッスンをせずに16週間連続で「休む」だけでいい。
……………………。
そう、これはゲーム。何も考える必要はないのだ。
あなたが掴めるものは何もない。
夢も、栄光も、充実感も。
というかレッスンをしていない。彼女は何のために事務所に来ているのだ。
始まりを思い出す。たしかこう声をかけたはずだ。
人を、笑顔に……言葉巧みに懐柔し、プロデューサーはひとりの女性を毒牙にかけた。
来る日も来る日もレッスンは行われない。なぜ彼女はこの現状を疑問に思わないのだろう?
いや、彼女に休ませているのだ。彼女は自分で休むことを選択している。
プロデューサーの話術が想像を絶する上手さなのだ。すでに掌握している。さながら信者を啓く教祖のように。
たまに、思い出したように彼女は訊ねてくる。そういえば私アイドルでしたよね。
だが選ぶのはNOだ。まだそのときではない。
時間は徒に過ぎていく。日めくりカレンダーを破り捨てるように、淡々と「休む」を選択する。
そして、終わりがくる。
…………。
プロデュースは、期間内に指定の人数のファンを獲得しなければ終了してしまう。
早い話が、競争に敗れたということだ。
そもそも競争をしていないような気もするが……見ればファンを獲得しているではないか。
1人。
誰なのだ、この1人は。自分自身か、プロデューサーか、家族か。
仮に自分自身だとすれば、彼女は強い芯を持っていることになる。
自身がアイドルということを規定するただ1つの理由を、自分の中に持つのだから。
仮にプロデューサーだとすれば、それは究極の迎合を意味する。
いまここに1人の人間の尊厳が消え、弱者を搾取するシステムが誕生したことになる。
仮に家族だとすれば……いや、この話はよそう。
僕たちは、可及的速やかに眠りに就かなければならないのだ。
ゲームなどという仮想の世界に浸っている場合ではない。意識を切り離し、泥のように眠るのだ。
そうして、再び自身が起動したら、いつものように日常を送ればよいのだ。
さあ、「休む」ことを選択しよう。