©2019 ADK EM/BEM製作委員会 公式サイトより引用
え? 1話は?
見てないです(率直)
小学生時代、朝4時5時に起きてキッズステーションを見ていた皆様、こんにちは。
『妖怪人間ベム』が魔改造を遂げて帰ってきました。
グリッドマンといい鬼太郎といい、最近は原作の枯渇リメイクがブームなのかな。
で、内容だけどどう論じればいいんだこれ。鬼太郎と同じような話に見えるけど観たことないんだよなキタロー。
2話の流れは明快だ。
死んだ人間の身体? を借用しているヒロインが、その人間の過去のいざこざに巻き込まれ、紆余曲折あって自分を見つめなおすという内容になっている。
話の作りに真新しさはない。リメイクにあたり美男美女になっているのもよくある話だ。
では何が他と違っていたかというと、戦闘シーンだろう。
突如として現れた敵が、物理法則を無視した超常バトルを仕掛けてくるのだ。
え、なんで急に幾原邦彦さん出てきた?w ※監督は違うようです
何もない場所からボウリングの球やらピンやらを召喚して攻撃するのは流石に笑った。
ベムベラベロが妖怪? で、とんでもない戦闘能力を秘めているのは分かる。そういうアニメだからね。
でも敵が固有結界を使うのは全く予想できなかった。
戦闘を戯画化してるよね、ノリがスタードライバーに似てる。いやそこはウテナと言うべきか。
話に新鮮さは無いと言ったが、作り自体は非常に丁寧だった。
とりあえずいつも通り物語工学論様に当てはめてみよう。基本的な「彷徨える跛行者」の類型は、
異端な「能力」あるいは異端な「経歴」を持った主人公がとある「村(=日常の象徴)」に立ち寄り、その村が抱えているトラブルをその「異端の力」で解決する、しかしながら異端であるがゆえに村に定住できず次の村へと去っていく
だった。
まだ序盤なので村を捨てるわけにはいかないが、本編において日常と非日常の描き分けはなされていた。初めと終わりの男子学生に好かれる茶番が良い。
「二つの顔を持つ男」のように妖怪と人間の顔を使い分け、「時空を超える恋人たち」のように「人間になる」という理想の(=欠落を埋める)ために生きる。
最後は「危ない賢者」として妖怪であることを選ぶか、「造物主を滅ぼす者」として人間に牙を剥くか……それは視聴者の想像に委ねられることになりそうだ。
BEMは様々な類型を見て取れる、総じて高水準にまとまった、安心して観られるアニメと言えるだろう。
かつて実況者(今は子持ち漫画家)のルーツは言った。大事なのは「茶番」なのだと。
分かりきってることでも、それが茶番であっても、それこそが面白さの根源なのだと(たしかクロノトリガーの実況で言ってた気がする)。
このアニメに、最高に盛り上がるシーンや大きく心揺さぶられるシーンは無かった(いやまだ2話だし)。
しかし、つまらないワケでは無い。ジャーキーやスルメのような、旨味がじわじわ染み出てくるタイプのアニメなのだ。
そういうものが食べたいとき、そういうものしか受け付けないとき、BEMは妙薬となってその薬効を示すだろう。