hideonbush
嫌な電波を受信した。
それは数ある未来のひとつ。
流行り風邪に2度かかると死ぬ――。
通学途中、アウターカムにシンクしていると、そんなツイートが流れてきた。
誰もが笑い飛ばすようなウワサだ。科学の飽和した22世紀にあるまじき風聞である。
「普通なら、ね」
かすれた声が出た。だがその声は、モノレールの車内の誰の耳にも入ることはない。みな一様に装着したアウターカムが周囲のノイズを完全に遮断するからだ。
狭い車内、隣人との距離は15センチ。この距離をキープしたまま、約100人の人間が等間隔に並んでいる。
アーカムの体勢補佐は完璧だ。仮に15センチを超える身動きをしても、隣人は自動で身をよじってくれる。無意識にそうなるようになっている。
人間と機械は親和しつつある。今はまだ意識に介入する段階だが、いずれ完全に身体を明け渡すことになるのかもしれない。
(俺みたいな逆張り人間を除いて)
俺は科学が嫌い――なわけではない。ただ、ズボラなだけ。
補佐機能に従えば、それこそ生まれてから死ぬまで、なに不自由なく自分の適正どおりに人生を歩める。
個性だって、そのレールの上で自由に発揮できることだろう。
そこに小さな疑念を感じるのはたぶん、俺が旧い人間だから。
旧い人間だから――
――ウィルスのワクチンを接種し損ねていたりする。
(ちょっちまずったな)
最新のウィルスパッチが数週間ほど前に出されていたが、俺はその接種を今日までズルズルと先延ばしにしていた。
普通の人なら、アーカムの補佐の最中に自動で接種を行う。
補佐機能をわざわざオフにしている俺みたいなアホだけが、こういうポカをやらかすのだ。
(まぁ、今どきウィルスごときで死ぬ奴はいないだろ)
科学、万歳。あらゆる疾病は、もはや過去のものとなったのだ。
振動を感じて、駅についたことを把握する。
モノレールを降りて数十メートル歩けば、そこはもう学園の前である。
ゲートをパスして下駄箱へ。そのままスロープに乗れば数秒で教室に着く。
2年2組。栄えある神奈川フロートシティの進学校、俺はその学生だ。
「よぉー……元気かー……?」
席にカバンを置くと、前の席の男が話しかけてきた。
目は充血し涙目になっている。上気した頬を覆うように大きなマスクをつけ、声はカエルのように潰れている――ひどい風邪をひいているようだ。
「佐々木、我が悪友よ。今すぐ帰れ」
「あ゛ぁ!? だってよお、今日はワーグジョッブなんだよお……夏菜子ちゃんが、ガナゴぢゃんとぉ……」
彼は今日出席しなければならなかった理由をとことんまで熱く、そして回りくどく語った。目当てのコと少しでもお近づきになりたいらしい。
その状態で近づくのは一種のテロではないかと思ったが、ツッコミを入れるのも億劫なので黙殺することにした。
「あぁ……だる……」
「…………」
そう。それは何でもない日常の1ページ
――の、はずだった。
このあと、まさか佐々木がおびただしい量の血を吐いて倒れるだなんて、このときはまだ、クラスにいる誰もが知るよしもなかったのだ……。
うん。コンパクトにまとまらねーなコレ。
新型コ□ナウィルスに2度かかると重症化する可能性があるって聞いて、ふとこんなワンシーンが思い浮かんだ。
佐々木はコ□ナウィルスに感染し、重症化して吐血する。でも罹患するのはこれが初めてのはずだった。
そう、実は接種したワクチンが1回目の感染扱いになっていたのだ。
国が主導するワクチンはほぼ全人類が接種している。その状態で、このウィルスが流行ってしまったら……というアウトブレイク・サスペンス。
お楽しみ頂けるわコレ。今日寝るまでの妄想はコレに大決定だわ。
主人公と、一部の不良品ワクチンを接種した人だけがパンデミックに立ち向かえるとかそういう話ね。
主人公も濃厚接触しちゃってるから1回感染して後がなくなると。
あー楽しい。
あー……。
まさか、リアルでもこんなことになったり……しないよね?