よくある話だけど、できれば書きたくなかったよ
©アース製薬
Gは気づくとそこに居るのであつて、その行動様式にいささかの疑問を感じるわけであるが(なぜなら人類に見つかることは即ち死を意味する)、いざ目の前の壁に凛然と張り付く姿を見れば、およそ人間が取りうる行動はひとつだらう。
速やかに排除すうr。
脳の中にあるすべてのタスクをキル、音を立てないよう飛び退き、廊下に置いてある殺虫剤を手に取る。
この状況で最も恐るべきことは何か? 敵を見失うことである。奴を取り逃がした部屋で通常の生活を営むことはできない。
5センチに届こうかという大物である。
自分の部屋のどこに、そんなサイズの侵入を許すスキマがあったのだろう。施錠は完璧だ、しかし押入れと換気扇が怪しい。いや、窓枠の下の壁紙が剥がれている。もしや壁が傷んでいる――?
などと、考えている場合ではなかった。見れば、さっそく柱の物陰に身を隠そうとしている。
即座に数秒間、スプレーを対象めがけて噴霧した。噴霧して、口を半開きにしたまま、 一も二もなく部屋の外に飛び出した。
ここは経験が出るところだ。いかな即効を謳う殺虫剤であろうと、初撃が効くまでに5秒はかかる。この5秒を逃せば死ぬ。高い位置にいる甲が、低い位置にいる乙に対して取りうる行動はひとつなのだ。加えて成虫、かつ盛夏。飛行能力がないはずがないのである。
扉をちら、と開けて様子を見る。甲は、にわかに震えはじめたかと思うと、ついに跳んだ。
瞬間、扉を叩きつけるように閉じたのは、小5の俺のトラウマに起因すると思われる。
しかし、飛ばずに、跳んだ。奴らは適温でなければ思うように飛行できないとされる。俺の部屋はエアコンが利いていたこともあり、完全な飛行には至らなかったのだろう。だが、跳ぶだけでも人は死ぬのだ。
戦いは終わったわけではない。斃し、その亡骸を電動式・掃除用・吸引機のハラに収めるまで、故郷の土を踏むこと能わず。
ソレは、まる2分かけて部屋の中を這い回った。
のたうつ度に、ぺちゃり、ぺちゃりというおぞましい音が響いた。
俺はひっくり返ったのを確認すると、リビングにある掃除機を持ってきて、すべてをなかったことにした。
なにもなかったのだ。この部屋には俺しかいなかったし、とくに変なこともなかった。
幽霊がいたとしても、大抵キレイ好きらしいし、人間の健康にはおよそ何の影響もないだろう。
明日の予定に薬局に行く旨をねじ込んだ。
築ウン十年の一軒家。ブラックキャップは、2箱では足りなかったのだ。